2011年02月04日Fri

4年327日 トルコ旅行記



昨日無事すってんころりもなく帰国でき感謝、感謝です。
今回の旅は「5つ星ホテルに泊まるトルコ10日間」(阪急交通社)で、トルコに9つある世界遺産のうち、4つ(イスタンブール歴史地域、トロイ遺跡、ヒエラポリス・パムッカレ、ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群)をツアーメンバー27人と巡ってきました。

暖かいと思いましたが、なんと、なんと、マイナス極寒です。山々は深い雪に終われバスで100キロ以上走っても雪原、 本当に広い大雪原です。周りは何にもありません。ただひたすら雪、雪、雪でした。

10日間の世界3大料理、まあ、非もなく結構おいしく頂きました。が、デザートは必ず付きますがバイキングでは選べるので良いのですが、レストランではきっとコースに入っているので選べない、とにかく甘い、甘い、甘^^^^い。
お腹が甘いもので飽和状態でした。 お菓子類は何を食べても甘すぎる、これを食べていたら肥らない訳がない。

ブルーな街、イスタンブールなんか好きになりそう。 ブルーモスク綺麗でしたね^^これにも感激でした。

【1日目】成田→経由地アブダビへ
エティハド航空にてアブダビ経由イスタンブール往復とも定刻通りで遅れもなく快適。機内でトルコ料理を満喫。

エティハド航空はアラブ首長国連邦の国営航空会社なので、離陸の時には必ずコーランを読むすばらしい男性の声が流れてきます。アラーの神に無事をお祈りしているのでしょう。



【2日目】アブダビ → イスタンブール
紀元前、紀元後をあわせて5000年近い歴史の紐を解くには遠すぎです。 
ヒッタイト帝国 東ローマ帝国 オスマン帝国のトルコ3大文明を少し「お勉強」しなくてはトルコ人のガイドさんの説明にはついて行けない。 時すでに遅しです。

オスマン帝国のスルタンが居住したトプカプ宮殿は4つのエリアに分かれ、宮殿を囲む全長7kmの城壁内が第1エリアで700万uもの広い敷地です。城壁の門「皇帝の門」を入って左には聖エレーネ教会が見えます。

宮殿の中央門「表敬の門」から先が宮廷内。門をくぐると外廷の第2エリアが広がります。




外廷の右側には厨房跡の建物が、左側にはトプカプ宮殿のなかでも有名なハレムがあります。宮殿で一番高い「正義の塔」の下がハレムの入口。

オスマン帝国が崩壊するまで歴代の王様は全て独身だったそうで、男性は王様一人しか絶対に入れないハーレムを宮殿の中に築き、実際に見ることが出来ました。
そのハーレムにいた人は絶世の美女だったそうですが真相は如何なものか。
日本の大奥も似ていますが違いは将軍には正妻「御台所」がいたことでしょうか。

「幸福の門」の先はスルタンの私的スペースで、王様とその親族以外は入れない内廷の第3エリア。内廷に入るとすぐに「謁見の間」が、そのほか宝物館、衣装展示室、図書館などがあり、宝物館には86カラットの「スプーン」と呼ばれるダイヤモンドが展示してあります。




そして、いちばん奥のマルマラ海峡が目の前に見える絶景スポットが第4エリア。全長7kmの城壁のすぐ手前には今は鉄道が走っています。

世界で最も美しいモスクと評されるイスタンブールを代表するモスク「ブルーモスク」。6本のミナレット(尖塔)があるのは世界中でここだけだそうだ。
中に入ると右側に前庭があり、左の階段を登ってモスクへ。モスク内は絨毯が敷かれ入る時は靴を脱ぎ備え付けのビニール袋に入れる。




内部は青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、白地に青の色調が美しい。
ブルーモスク本当に青を基準にしているような建物でトルコ石の青い色の影響を多分にうけているそうです。

3万uの市場全体が屋根に覆われていて、5,000軒もの店がある巨大な屋根付き市場グランドバザール。内はいくつもの通りがあって迷子になってしまうほど。
入口から入ると大通りの「クユムジュラル通り」の両側には貴金属屋さんが並んでいます。




グランドバザール散策の後、ホテルの横にある大きなデパートであまりにも可愛いチョコレートハウスがありパチリ。買って帰りたいところですがちょっと長旅なので写真だけで我慢。



【3日目】イスタンブール →(345km、ダーダネルス海峡フェリー)→ トロイ →(150km)→ アイワルク
朝6時にはイスラム教のお祈りの始まり時間で、しっかりスピーカーからコーランが流れます。 おもわず 「メッカはどっちの方向?」

トロイの遺跡に行く途中、フェリー発着所がある港町ゲリボルで惣菜屋のような店Gelibolu Osmanli Mutfagiでサバの塩焼きの昼食。

昼食後は、マルマラ海西端のダーダネルス海峡をヨーロッパ側からアジア側へフェリーで渡り、対岸のラプセキまで30分ほどの船旅を楽しみます。

古代エーゲ文明のひとつトロイの古代遺跡は時代ごとに、I層(前3000年〜2600年)からIX層(前350 年〜後400年)と9つの層に分けられていて、5000年前の人々の生活がわかる貴重な場所です。




古代ギリシアの詩人ホメロスの長編叙事詩「イリアス」に描かれているトロイ戦争のトロイはZ層(前1275年〜1240年)と言われています。
なかでもいちばん保存状態がいいローマ時代(IX層)のオデオン(小劇場)が印象的でした。

トロイ観光後、ドライブインでオリーブオイル・オリーブ石鹸が有名なお土産屋TROI Olive Houseへ立ち寄り。

蛇の髪を持つメドゥーサが真っ青な目で相手を見ると石に変身するとかの神話もあり、トルコの魔除けのお守り「ナザールボンジュ」には目玉模様が多いのはその為かしら?
オリーブが名産とかで有機質の超バージンオイルと蜂蜜を加えた石鹸をお土産に。

羊の放牧とオリーブ畑の田園風景の中をエーゲ海沿岸のリゾート地アイワルク、グランド・テミゼル・ホテルへ。ホテルから眺めるエーゲ海も美しい。




【4日目】アイワルク →(250km)→ エフェス →(185km)→ パムッカレ
翌朝、トルコ第3の都市イズミルから下ること約1時間、エフェス遺跡近くの革製品工場KIRCILAR(クルジュラル)に立ち寄った後、レストランAZIZIYEでチョプシシ(1口大の羊肉を焼鳥のように串に焼いたシシケバブ)の昼食。

ギリシャ文明が栄えたエーゲ海沿岸の世界最大級の大規模な古代都市遺跡 エフェス遺跡とエフェス近郊のアルテミス神殿を巡る。病院や、円形劇場、図書館等、ハイレベルの生活を営んでたのですね。

遺跡は広くてみんなについていくだけで必死、じっくり見ながら歩いているとつまずいて転びそうになり、
杖にしがみつきながらガイドさんの説明にもロバの耳のようにアンテナを張っていたのにあまり覚えていないのは年のせい?




パムッカレのコテージ風スパホテル、サーマル コロッセアの温泉もハマム(トルコ式蒸し風呂)も楽しい。
温泉は水着で入る規定で、帽子も必ず着用。

ハマムは真ん中に大きな台があり、その上に寝ているだけで発刊作用があり、熱ければ降りて洗面器(丸い金たらい)でお湯や水をかけてまたその上で寝そべる感じです。




【5日目】パムッカレ →(410km)→ コンヤ
パムッカレの石灰華段丘の石灰棚や建物の中にローマ時代の古代都市ヒエラポリスの遺跡が沈む炭酸カルシウム(石灰)の遺跡風呂(パムッカレテルマル)・・・これはエジプトのクレオパトラも入りに来たそうです。
真っ青な色でかなり深いところもあり2メートルを越すそうです。湯はぬるめです。

せっかく来たのだからと足湯も経験、下はざらざらですが青みを帯びたところは藻がはえてつるっとすべり危ない。
どなたか犠牲者が出てお気の毒でした (すってんころりでお湯の中です。)




パムッカレからコンヤに向かう途中、蜂蜜ヨーグルトが美味しいというディナールという町のドライブインANATOLIAでトイレ休憩。
ガイドさん特にお勧めなのが逆さにしても落ちない硬いヨーグルト、蜂蜜を混ぜて食べるのですが本当に美味しく心して味わいました。
蜂蜜はいろいろな種類があり、試食もさせてもらえます。

コンヤ近くのセルジュークの町にあるレストランDempet Demirellerでトルコ風ピザの昼食。日本と違って短冊に切ったピザを、クルクルっと巻いて手づかみで頂きます。

レストランの通り沿いには、ロバに逆さにまたがっているホジャおじさん(日本でいう一休さんみたいな人)の像がありました。このホジャさんのお話の本をあちこちで見かけトルコではよく知られた人物みたい。

昼食後、セルジューク・トルコの首都であった古都コンヤへ。
メブラーナ博物館は施舞集団として知られるイスラム神秘主義のメブレヴィー教団の創始者メブラーナの霊廟です。緑色のタイルで覆われた円錐形の屋根を持つ霊廟は13世紀に造られたもの。敷地内にはジャーミィ(モスク)、修行場、僧院があります。霊廟は土足はダメなのでビニールの靴カバーかぶせて中に入る。




メブラーナ博物館のあとは、建物の正面門にセルジューク美術を代表する幾何学文様が丁寧に彫刻されたインジェミナーレ神学校を巡る。
今夜は、コンヤのリクソスホテルに泊る。入口の回転ドアのメブラーナ教の旋回舞踏がユニークで面白い。




【6日目】コンヤ →(230km)→ カッパドキア
カッパドキアに向かう途中のスルタンハニにある要塞のようなキャラバンサライ(隊商宿)を観光。
シルクロードの20〜30キロごとに点在しているキャラバンサライは、盗賊から旅人の安全を守るために、頑丈な門や壁で囲われています。中には宿泊施設に食堂やハマム、礼拝堂もあるそうです。



ペルシャ絨毯とは言わなくて今はトルコ絨毯。
カッパドキアのお嬢さんは一生に3枚トルコ絨毯を織り上げるそうです。
一枚は結婚する時にご主人のご両親へ、そして自分のため、もう一枚は結婚した時に新居に使う為だそうです。

ワインもご馳走され、絨毯の歴史などをお勉強したあとはいよいよ、販売合戦です。
目移りするし、短い時間ではなかなか決断できず、買えない金額では無いので迷う所ですが、私はサイズが無かったので求めませんでしたがオーダー受け付けますって。
 さすがよね^^^商魂たくましい、商売上手なトルコ人です。
次回までに絨毯の知識を入れておきましょう。



若い素敵なご夫婦が新居を購入され記念にリビングに一枚って大商談・・・本当に素晴らしく孫の代まで褪せることなく使える賢い買い方でした。
上代210万円の品を値段交渉もお見事。 お買い上げです。全員で拍手喝采。
さすが!!太っ腹、肝っ玉母さんそのものです、思いっきりも良く頼もしいねえ。
これからはきっと女性の方が決断が早い??かもね。

世界遺産カッパドキアは本当に広い。
高地なので一瞬に景色が変わります、今まで見えていたのにアットの間に霧の中、何も見えません、それに雪で真っ白です。

その雪に埋もれた景観が素晴らしいと、わざわざこの季節に訪れる人もいるそうです。 茶色と白のコントラストがなんともファンタスチックでした。

山をくり抜いて造ったウチヒサールの城塞。のちにはその穴を利用して鳩を飼い、鳩の糞を畑にまいてブドウを育てていたそうです。
高台から奇岩パノラマを見下ろすエセンテペ・パノラマ展望台、無数の鳩の家のある岩穴が見られる鳩の谷、枯れ木に魔除けのお守りナザールボンジュが飾っていたのが印象的。




アメリカのグランドキャニオンと同じように地層も見え太古の世界を垣間見ることができました。 ニョッキ、ニョッキと突き出ている塔はアラモのようです。
 
洞窟レストランBORAでマス料理の昼食。ここのハウスワインと葡萄ジュース美味しかったですね、葡萄の名産地と言われるだけはあると思いましたがお土産には高いですね。



昼食後は、カッパドキアの近くの焼き物の町アヴァノスの陶器工場Vanessa Seramikへ。トルコの花、チューリップとカーネーション柄の小鉢、大小のお皿、タイル、花瓶など大きな陶器から小さな陶器まで色々。有名作家のものは結構なお値段がします。

カイマルク地下都市はキリスト教徒の隠れ家で、居室・台所・教会・学校など地下8階もの大都市だったそうです。観光客は地下4階まで見学できる。
それぞれが狭いトンネルでつながって、外敵の侵入などにそなえて道を遮断する仕掛けや、外気を取り入れるための通気口も造られていた。

その中は半腰で歩くのがやっとの細い通路に人の住んでいた形跡があり、立派に空気抗間で作ってあり先住民の生活の知識の高さに驚かされます。
皆さんの後を追っかけてゆっくり歩いたのですが毎日15000歩を超える強行に足も限界でした。帰国して毎日ガタピシと歩きながら 「あ^^痛い、痛い」 連発です。




トイレ休憩で止まる先で必ず名産物を紹介され、良ければショッピング。皆様楽しそうで童心に帰っていろんな御菓子をぱくぱくです。
ロバやラクダも見ましたが観光客相手に彼ら??は働いているそうです。

休憩には必ずチャイを飲むのですが紅茶を煮出したちょっと苦いお茶です。
また50センチぐらい伸ばしてコーンカップに入れるアイスクリーム(ドゥンドルマ)もあり観光地ではサービス精神旺盛です。



トルコでは朝食以外はランチ、デナーとも飲み物は注文しないと・・・水も飲めない。
昼、夜ともアルコール漬で何時も酔っ払い状態。

カッパドキアでは店舗はきれいではありませんが扱っているスカーフやテーブルセンター、民芸品等はとても質が良く、パシミア100%で特に羊の喉の柔らかい毛で出来ている生地に絹糸の手刺繍、良い物はそれなりのお値段です。
トルコらしい柄は日本に帰っても使いずらいと思い、黒地にかわいいピンクやオレンジで小さな花が刺繍されているのを一枚求める。




値段交渉ですが付いている価格から大体半額で交渉を始めガイドさんにも助けを求め、20000円以下は絶対に無理と言われぎりぎりで 「もうちょっと安くして・・とお願いして買ったのですが、最後の人がバスに乗るためにお店を後にしたとたん追いかけてその人に13000円で良いよ!!って・・・私より1000円安く買った人がいた。 それは無いでしょう!!と思ったけど後の祭り。
優柔不断??だと損です。 買い物のコツはしっかりと自分の意思を通しましょう。

【7日目】カッパドキア →(280km)→ アンカラ →(アンカラ特急寝台列車)→ イスタンブールへ
翌朝は霧が深く見通しが悪いので順番を変更して、カッパドキアにあるトルコ石の店AGADへ朝一番に行くことに。

店内には、指輪、ネックレス、ピアス、ブレスレット、ブローチなど1万円〜高いものは数百万円の様々な宝石が展示されていました。イスタンブールなどで売られているものには、トルコ石の粉を練り固めた安物もあるみたい。

昼食は、ギョレメの洞窟ホテルGoreme Kaya Otelで煮込み料理。Kayaとは「洞窟」という意味。この頃には霧も晴れ陽も照ってきました。
洞窟ホテル、どれも建物は立派です、やはり大理石がふんだんに取れるそうで廊下までが大理石、茶色に近い石は意外と滑らない事に気が付きました。



洞窟ホテルを発ち、次に向かうのは、カッパドキア観光のハイライトスポットであるパシャバー地区のゼルベの谷です。パシャバー地区には有名な「キノコ岩」が立ち並び、煙突の形に似ているこれらの岩は中に妖精が住んでいるという言い伝えから「妖精の煙突」ともいわれています。

デブレントのらくだの形とかウルギュップのキノコの3姉妹の形とか、まるでぶなしめじそっくりの形だったり、想像するだけで愉快です。 雪が降っている中をどんどん見学です。




カッパドキアから3時間のアンカラまでは何にもない大雪原をドライブです。夕陽がとても綺麗でした。

でもこんな面白いことがありました。
トルコ人のガイドさんがこんな歌を知っていますか?って 音楽が流れてきました。
何とチエミちゃんの本当に古い歌 「ウシュクダラギデリケアウドラビリヤンムール」確かな記憶ではなのですが6,7歳頃に、この歌はアーサー・キッドが歌って真似て歌っていた「♪ウスクダラ」。
(ウスクダラをクリックすれば素敵な曲が流れてきます。しばし懐かしい音色に耳を傾けてね。)



そんな小さいときからこんな歌を歌っていたの??と思われますが16歳年上の超モガおばさんがハイカラ好きで蓄音機で一生懸命かけていたのを覚えていたのですねえ、でも意味もわからず、どこの歌かも知りませんでしたがもやもやと謎が解けてきました。
へえ、そうなのトルコの歌!だったのねえ、それにイスタンブールにウシュクダラと言う街が実際にあるそうです。
まさかトルコでチエミさんのこの歌で謎が解けたなんて私もかなり ト・ロ・イ です。

アンカラ駅舎のレストランで肉と野菜の炒め物の遅い夕食を済ませ、イスタンブールまでの一等寝台特急の旅全部個室です。夜10時過ぎに出発、終点には朝8時過ぎだそうで修学旅行のような気分で。




列車の車掌さんに一人1.5トルコリラ(=1ドル)のチップを払いベッドにしてもらい、洗面所やタオル石鹸も用意されています。 うれしいのは夜食用に水、ジュース、クラッカー、チョコレートバーが冷蔵庫に用意されていましたが各部屋で中身は違うそうです。 もちろん「無料」

【8日目】イスタンブール観光
朝食はごく簡単、30分で切り上げ紅茶は2杯まで無料で、コーヒーはお変わりできません。 確かにガイドさんに説明されたのですがすっかり忘れておいしいコーヒーだったのでお変わりを2杯、すかさず5トルコリラ請求されました。 あっと驚いたのは遅し。

あと5分でイスタンブールの案内で急ぎましたが、結局は30分後にハイダルパシャ駅に到着。時刻表が有って無いと同然だそうです。 単線なので仕方がありません。




ボスポラス海峡で分割されているイスタンブール。ハイダルパシャ駅が、アジア側の終着駅であり出発駅、オリエント急行で有名なシルケジ駅がヨーロッパ側の終着駅であり出発駅となるそうです。
ハイダルパシャ駅はボスフォラス海峡の岸壁に建設されていて、駅舎正面にはヨーロッパ側へ渡る連絡船が接岸し、ホームから50mで乗船できます。

下車後は、ウスキュダル(ウスクダラ)、チャムルジャの丘のイスタンブールアジア側の観光へ。
ウスキュダルの海岸から200mほどのボスポラス海峡にある小島に建つ「乙女の塔」と呼ばれるクズ塔。ウスキュダルからの眺めは素晴らしく、対岸のブルーモスクもきれいに見えます。
チャムルジャの丘はイスタンブールでいちばん高い場所にありイスタンブールの街を一望できるビュースポット。ボスポラス大橋からも近く橋がよく見え、丘の上には公園やカフェもあって憩いの場になっています。



その後、ボスポラス大橋を渡ってヨ―ロッパ側イスタンブール旧市街エジプシャンバザールへ。
エジプシャンバザールはグランドバザールの小規模的なショッピングアーケード、でもきんきらきん、宝石店がひしめいておりまぶしくて目は開けていられません。
意外だったのは 「カラスミ」 がおいしかったです。
手刺繍の素晴らしいテーブルセンターのお店やガイドさんご推薦のお土産やさん、奥様は日本人で、レイアウトも他の店のように所狭しでは無くなかなかセンスが良かったです。 も少し時間が欲しい。
 
オリエント急行の終着駅、シルケジ駅、ご存知、映画「オリエント急行殺人事件」の舞台となった列車の終着駅です。オリエント急行は、パリとイスタンブール間を運行しており、1977年に廃止されたそうです。プラットホームやその駅舎を見学、想像したほど素晴らしいとは思えなかったのはやっかみ??かしら。




マルマラ海を見渡せる海岸沿いの海鮮レストランSUR BALIKでドネルケバブ(筒状の肉を回転させながら焼き削ぎ切りしたもの)の昼食。海鮮レストランで何故お肉??

イスタンブールは地方と違い結構世知辛い。
ランチで海辺のレストラン眺めもよろしく寒いのは仕方ないとして・・・パンを食べているのにさっと引き上げられ、だって食べているのに・・これはマネージャーに 「パンを下さい!!」 さすがに食べきれないぐらい盛ってきました。




ブルーモスクの西の細長い広場はピポドゥロームと呼ばれるローマ競馬場の跡。しかし現在残っているのは広場の中央に並んだ3つのオベリスクだけ。
公園を挟んでブルー・モスクと対峙するようにそびえるアヤソフィアは「光の聖堂」と呼ばれビザンチン建築の最高傑作だそうだ。

イスタンブールの銀座のような所、タクシム広場とイスティクラル通りへ。タクシム広場は新市街の街歩きの起点となる場所だそうだ。
イスティクラル通りでベネトンを見つけ孫娘のコートをバーゲンで。
ベネトン定番の黄色とかグリーンっぽい色使いは無く、モスクに敬意を表して??結構ブルーな地味な色が多いねえ、やっぱり子供の服は日本が一番種類も豊富。

スタバとマックの看板を見てホッとしたのは何だろう?。




早めにホテルにチェックイン、夕方からおいしい魚料理を最後の晩餐に。
わたしは白ワイン、ほがらかおじさんグラスになみなみの生ビールで乾杯、久しぶりに熱々のスープや熱々の魚料理、冷たいビールでおいしかったですねえ。

シェラトンホテルはさすがにシェラトン、すべてに行き届いていました。
広すぎる部屋にもてあまし気味。 ゆっくりと一時間かけて朝食、オムレツも希望通りの出来立てを席まで 「マダム、ムッシュ、お待たせいたしました」 って、それにコーヒー、紅茶は程よい大きさのマグカップでこぼれない、冷めない気配り良いですねえ。



【9&10日目】イスタンブール →(アブダビ経由)→ 成田
アラーの神へのコーランを聴き、一路成田へ・・・無事に旅を終え元気に帰国、感謝、感謝の10日間でした。



ご同行の皆様本当にお世話になりました。
いつかどこかでお目に掛かれたら嬉しいですね。
posted by ほがらかさん at 17:07 | Comment(4) | 海外旅行 トルコ

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この記事へのコメント
おかえりなさ〜い
そうですか、雪、雪、雪ね。
これからの記事を楽しみにしてますわ♪
Posted by きありぃ at 2011年02月05日 16:28
きありいさま

旅行された時期と違っていたらちょっと楽しみです。
だって雪に埋もれたトルコって考えられないでしょう?

でもねー高原をバスで快適に走るとなんだか北海道でも難なくすめそうな気がしましたね。

お気に召すかどうかご一緒に旅をどうぞ。
Posted by ほがらか at 2011年02月06日 12:47
お久しぶりです。
トルコ旅行記懐かしく拝見しました。

私も10年ほど前に行って、すっかりトルコファンになって帰ってきたのでした。
それなのに先日エジプトのニュースで、スレイマンという名前を聞いた時に、誰だっけ?確かトルコの王様の名前だったけど、いや王様とは言わない、う〜ん・・・という調子で「スルタン」を思い出したのは翌日でした。

今朝は雪の中を歩くのを楽しみにしていましたが横浜の雪は傘なしでは歩けませんからだめですね。
このところ結構例の川縁に行っていますが、私が遅いせいかお目にかかれませんね。
普通は暖かい春が来るのが楽しみなのでしょうが、ウォーキングには寒い方がいいので、私の元気もあとしばらくです。
Posted by miho at 2011年02月11日 13:04
mihoさん

本当にお久しぶりです。
ウオーキングは毎日ですか? お孫ちゃんはもう2ヶ月ですよねえ、人様のお子様は本当に成長が早くアットのまでまごまごしていられないですね。

トルコは雪の中でした、真っ白い景色初めてでした。
横浜も今日はかなり雪も降りましたがボタン雪なので道は問題ありません。コンクリート上は滑りやすくなっていることは確かです。

日曜日には雪がなければ下永谷の川原を6時半ごろには歩く予定です。

よろしかったらご一緒にいかがですか?
Posted by ほがらか at 2011年02月11日 15:00
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