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今回の旅、横浜から西日本一周、東海京滋、山陽、九州、山陰、南信州と、高速道路は使用せず下の道を5,000km走りました。 ガソリンは450リットル使用。
(旅行ルート詳細をグーグルマップでご覧になれます)
【9月27日 (土)】相生〜備前〜岡山〜吉備〜笠岡
備前焼の里・伊部の総鎮守、天津神社にお参り。狛犬や参道の敷石、神門の瓦は備前焼で作られ、参道沿いの塀には作家の陶印入りの陶板が埋め込まれ、境内には備前焼でできた干支や七福神などの縁起物が多数奉納されています。
天津神社、狛犬や参道の敷石は備前焼 | 神門の屋根も備前焼で作られた瓦 |
拝殿へ登る石段の塀には、備前焼作家の陶印の陶板が | 拝殿には可愛い備前焼の絵馬が置いてあります |
1300年前の大窯後を見たり、埋もれている破片を持ち上げたり、 ”決して持ち帰らないでください、また掘り出しても法に触れます”って張り紙に驚きました。
天津神社北西の山中に鎮座する忌部神社 | 忌部神社への上り道の途中にある伊部北大窯跡 |
展望所(標高61m)からは備前焼の里が一望できる | 備前焼の里に下りた所にある天保窯 |
岡山後楽園、ここは金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並んで日本三名園に数えられる回遊式の大名庭園で、国指定特別名勝。 独断と偏見ですが一番管理が行き届いていると思いました。
広々とした庭園、ヤッパリ美しいし、手入れも行き届き、ここだけはマムシ??は出てこないと思いました。
だって、今回は一寸草むらとか原っぱでもマムシに注意って書いてありますものね。蛇を見ると何となく、ゾオ^^^とするほど怖いのです。
面積は13haあり、主要建造物の延養亭を中心に、能舞台、池、築山、梅林、茶畑などを配置しています。
唯心山からみる後楽園全景。左端に延養亭と能舞台・栄唱の間、中央の沢の池には、島茶屋のある中の島、釣殿のある御野島、白砂青松が美しい砂利島があります | |
延養亭、ここからの眺めが最も美しいとされています | 能舞台と能の見所や接待の場の栄唱の間 |
隣接する岡山城は、国宝であった天守閣は第二次世界大戦中に焼失し、現在は復元したものですが、黒い天守閣が印象的で、「烏城」ともいわれ、後楽園との調和が絶妙です。
また、日本庭園としては珍しく広い芝地を採用し、瀬戸内の明るい気候風土が表現され、有名なフランスの旅行ガイド 「ミシュラン・グリーンガイド」 で最高評価の三つ星を獲得しています。
後楽園から岡山城を望む | 唯心山、築山の頂上から園全体を見渡すことができる |
島茶屋のある中の島 | 釣殿のある御野島 |
世が世であれば岡山藩のご当主 池田隆政様の奥様、勿論今でも東山動物園などでも活躍され、伊勢神宮神職である、神宮祭主の池田 厚子さんは、日本の元皇族。
昭和天皇と香淳皇后の第四皇女。 旧名、順宮 厚子内親王で池田隆政夫人。 今上天皇・常陸宮正仁親王のお姉さまです。
庶民的で素敵な方とお聞きしました。昭和天皇と皇后様は厚子さんのところに良くお越しになり、園内の 「延養亭」 に仲良くお泊りになっていたとか。
実はこの厚子さんの事をよ^^^^く御存じの岡山在住で、私達が後楽園の入り口で迷っていた時に案内をして下さった見ず知らずの方なのですが、真夏のような暑さの中にも関わらず、広い庭園の中を隈なく建物一つ一つにも丁寧に説明して下さり、何と、おまけに公園の中のお茶屋さんで、出来立てのほやほや、柔らかくて美味しい吉備団子をお抹茶付で頂戴し、重ね重ね恐縮しております。
喉が渇き、お茶でもと思い、お誘いしたのに、「私がご馳走しますからよろしい」 って、お言葉に甘えてしまいました。
廉池軒、沢の池越しに松林や曲水の景観を眺めます | 廉池軒で美味しい吉備団子をお抹茶付で頂戴 |
流店、建物内に水路がある休憩所 | 茂松庵、二色が岡にある落ち着いた佇まいの茶室 |
御年85歳のりんこさま、信じられない位の若々しさで、背筋もしゃんと伸び、失礼な言い方ですが総体的に、姿形も、とってもセンスが良く本当に綺麗な方でした。
聞けば、長年日本舞踊のお師匠さんだったようで膝を痛めて今は休んでいますって。 明日の俳句の会の下調べの為に後楽園まで足を延ばされたとか。
とにかくお話しもウエットに飛んで何度も、「大笑い」?? それにじっと耳を傾け歴史のお勉強も出来ました。 私は講義を受けているような真剣なまなざし、知らぬを知る楽しさですね。
案内して頂いた方と語らいながらの散策 | 御舟入跡、藩主が城から舟で渡ってきた時の舟着場跡 |
タンチョウ鶴、正月には放鳥され優雅に空を舞います | 平四郎の松、正門を飾る後楽園の象徴ともいえる黒松 |
物腰は柔らかく、凛としていらっしゃる、10年にご主人を亡くされてからは、海外旅行は大好きで、日本が自慢できる豪華客船、飛鳥で何度もクルージングをされたとか。
それにちょこちょこ横浜にも行きますのよって。 是非お待ちしていま^^^す、本当にありがとうございました。
後楽園前の岡山県立博物館で、秋季展「大地からの便り−発掘調査からみた吉備の歴史−」〜発掘調査した資料を中心に、旧石器時代から近世までの出土品を展示し吉備の歴史を紹介していたので、これから吉備路を歩く参考になればと入館しました。
岡山県立博物館 | 特別陳列「発掘調査からみた吉備の歴史」 |
突線流水紋銅鐸(重文) | 彩文土器(弥生時代後期) |
吉備路を巡ってみると、国宝の吉備津神社や吉備津彦神社、備中国分寺、古墳群等、4000年以上前の歴史が有ったり、政治的な力が有ったり、長い歴史がある事に気が付きました。
吉備津彦命の姉が卑弥呼??だったり、桃太郎伝説は此処が発祥の地だったりと。
吉備津彦神社は備前国、吉備津神社は備中国の一宮として崇敬されたそうです。
一方の神社だけにお参りするのは ”かた参り” として、両宮にお参りする習わしがあったともいわれています。
吉備津彦神社の随神門をくぐると、左右に日本一といわれる石造大燈籠に目を奪われます。
吉備津彦神社 神橋と随身門 | 高さ11.5mの石造大燈籠 |
拝殿 | 本殿 |
吉備津神社は、入母屋造の2棟を1棟に結合した形態の豪壮かつ優美な比翼入母屋造の国宝。 吉備津神社でしか見られない特殊な造りです。
総延長約400mの長大な回廊も登って見ました、また御釜殿も行きました。
吉備津神社参道入口 | 北随身門(重文) |
比翼入母屋造の本殿(国宝) | 総延長400mの大回廊 |
境内に、御釜 「国指定重要文化財」 があり、その中に土竈(つちかまど)があってそこに鉄釜がかけられ、その上に木製の甑(こしき)が載せられています。
御釜殿には阿曽女(あそめ)と呼ばれる巫女が奉仕しており、毎朝の神饌(しんせん)を作り神前に供えています。
一方、うらないの依頼があると、巫女がうらないの秘法を行う。 神官が祝詞を奏すると、やがて釜が鳴るらしい。
釜がさわやかに鳴ると良い知らせ、鳴らなかったり低調であれば不吉な知らせとされます。
御釜殿(重文) | 鳴釜神事案内板 |
釜の上の蒸篭にお米を入れ蓋を乗せて釜を焚く | 釜を焚いた時に鳴る音の強弱・長短等で吉凶を占う |
なお、この竈の下には、吉備津彦命の退治をした鬼の首を埋めているという伝説も伝えられており、古くからこの鳴釜神事は知られており、上田秋成の「雨月物語」の中でも紹介されています。
今日から岡山音楽祭・・・・各地で開かれる一週間だけのコンサート、今年は吉備津神社で今日から幕開けです、コンサートに人、人、人で溢れ、パーキング場も人手不足で車も出られない。
三々五々地方からも集まってくるようです、地元の人、他県からの人、若い子も多い、こんなに人が集まるのは新年の初詣以上だそうです。
何処の街でも、ちょっと有名な事があれば観光化し、何とか地元に客を呼ぼうと必死ですが、大きな町以外は本当に過疎化して人の気配を感じません。
絶対数が少ないのですものね、胸が痛い。
備中国分寺は聖武天皇の発願によって創建された国分寺の一つ。田園風景の中に建つ五重塔は、吉備路のシンボル的な存在となっています。
備中国分寺遠景 | 山門 |
本堂(左)と太師堂(正面) | 高さ34mの五重塔(重文) |
こうもり塚古墳、古墳時代後期(6世紀後半)に自然の丘陵を利用して築造された前方後円墳で、後円部には棺を納めた横穴式石室があります。
こうもり塚古墳全景 | 後円部南側に横穴式石室が開口している |
横穴式石室 | 玄室内の石棺 |
墳丘上まで自由に上がれる造山古墳(つくりやまこふん) は、古墳時代中期(5世紀前半)の吉備国の王の墓といわれ、全国でも応神、仁徳、覆中に次ぐ4番目の規模を持つ全長350mの前方後円墳です。
前方部の頂上に荒神社があり、その社の前には石を刳りぬいた石棺が置かれています
この場所に行くにはかなりの山道の階段を登らなくてはいけない、着いたとたんに何となく暗く蜘蛛の巣もあちこちに・・・だって古墳が見つからない、草むらを歩いてまだ上に登るらしい。
「吉備の大王」像の立つ駐車場から望む造山古墳 | 荒神社の前にうち捨てられている蓋の一部 |
墳丘内〜前方部から望む後円部 | 後円部から前方部にいたる眺め |
が、ちょっと待って!!!大きなカラーの絵付マムシの注意書き、マムシが立って大きな口を開けてこちらをにらんでいる。 周りに誰も居なくて本当に怖かったです。 マムシは今頃に産卵期を迎えているので咬まれる率も多いとか。
通常蛇は卵で生まれると聞きますが実は両性だそうです。 知らない事を知る楽しさを存分に。
去年8月にオープンしたカブトガニの生息地として有名な道の駅「笠岡ベイファーム」
国道2号笠岡バイパス沿いにあり、周辺には、菜の花畑や、ひまわり畑、コスモス畑など、季節に応じて一面に広がる花畑が楽しめるスポットがあります。
【9月28日 (日)】笠岡〜豊平
今日は移動日、舗装された走りやすい道を案内してくれたナビに感謝、 早朝より、生字引のような叔母を訪ね、昔話をひとしきり。
近くには源氏と平家の「屋島の合戦」にて、平家が立てた扇の的を、見事射落としたことで有名な源氏方の武士、那須与一の髪の毛が祀ってあると言うお寺がありました。
由来を聞きましたが誰も本当の事は知りませんって。 どうも謎の多い詳細は解らない??武将のようです。
夜は満天の星が輝き、スポーツ施設やホテルも隣接している一帯すべてが公共の施設、ホテルの日帰り温泉でのんびり、NHK-TV「プロフェッショナル 仕事の流儀」で特集された高橋そば打ち名人直伝の店「豊平そば道場 どんぐり庵」もあったりして半日ゆっくりしました。
豊平どんぐり村マップ | どんぐり荘 龍頭の湯 |
豊平そば道場 どんぐり庵 | 夜は車中泊談義 |
素晴らしく内部も豪華なキャンピングカーと、従来のワンボックスカーを改造した車中泊仕様の諸先輩方にキャンプの王道を聞く。
どうも、キャンピングカーは速度が出ない、風に弱い、大きいので自由が利かないと、あんまり便利が良いとは言われませんでした。
【9月29日 (月)】豊平〜広島〜柳井〜防府〜宇部
広島市内、 原爆ドーム、爆心地の島病院、原爆死没者慰霊碑、平和の鐘、負の遺産でもある、世界遺産を改めて見ると何と惨いことを。
一平米に約7tの爆発、3,000°〜4,000°の熱、、太陽の熱が3,000度と言いますからその威力は計り知れないものです。 石碑に湯川秀樹博士の自筆で 「地と宙に平和」 って書いてあります。
原爆ドーム | 原爆の子の像と千羽鶴 |
広島平和記念公園・資料館、手前に平和の灯 | 原爆死没者慰霊碑より原爆ドームを臨む |
爆心地の島病院に入院されていた患者さんは一瞬の内に死に至り、でも末裔の方は立派にその場所に病院を建て、現在に至る。
100年以上の硬度を持つ鉄筋コンクリートビルディングは黒焦げ、鉄筋もむき出し、ひしゃげ、曲げ折られ、壁は崩壊、ゾッとする原子爆弾の威力。
それを二度も 「なんだって言うのよ!!!」
反対側からみた原爆ドーム | ゾッとする原爆の威力 |
平和の鐘 | 爆心地の島病院(説明板) |
悲しみや、怒りとも思えない複雑な心境のまま、土壁の街並み、江戸時代の商家の町並みが続く柳井の「白壁の町並み」を散策。
金魚ちょうちんでも有名です、84歳のおかみさんは下駄を鳴らし、バンダナで頭を結わき、おしゃべりが大好きとの事、金魚祭りの有るときは街並みは押し合い、圧し合いで歩けない位賑わうそうです。
元祖金魚ちょうちんの本家でお茶をごちそうになる。
町並みふれあい館 | 柳井「白壁の町並み」 |
国森家住宅(重文) | 柳井金魚ちょうちんの本家 |
柳井を代表する特産品「甘露醤油」で有名な佐川醤油本店、蔵に上がり醤油の大樽の中を覗いてみるとフツフツと気泡の音が聞こえた。で、さっそく味見、美味しさに6本お買い上げで^^^す。 味は濃くてまろやか、舌を刺すことも無く、 決して塩っぱくなく、それでいて甘い。
炊き立てのご飯にお醤油だけかけて食べるのも素材をそのまま味わえ、本当に美味しいかった。
甘露醤油資料館「佐川醤油蔵」 | 甘露醤油の製造工程と醤油造りの道具類を見学できる |
やない西蔵、金魚ちょうちんや、柳井縞の機織り、染色などを体験できる工房 | 商家博物館「むろやの園」生活用具や文書などの珍しい品々を数多く展示 |
日本で一番古い天神様、防府天満宮に参拝、勉学の神様ですから私も、太宰府天満宮、北野天満宮と日本三大天神をこれですべて制覇、明日からは少しだけ頭も??良く働くでしょう。
防府天満宮 桜門 | 拝殿、菅原道真公を祀る |
春風楼、建設を断念した五重塔の軒下を利用したお堂防府市と瀬戸海を望める | 大専坊跡、毛利元就はここを本拠地として防長を掌握したという |
秋穂港の山の天辺にある、国民宿舎の露天風呂からの眺めは瀬戸内海や広い平野を眼下に見渡せる。 独り占めは勿体ないわねえ。
国民宿舎 海眺の宿あいお荘の露天風呂 | 周防灘に沈む夕日や広大な眺めを一望できる |
【9月30日 (火)】宇部〜下関〜門司〜大任町
関門海峡の激しい潮流の中で源平合戦が行われ、源義経の八艘飛び、平知盛の錨潜(いかりかづき)の銅像が、壇之浦古戦場を一望できる下関の「みもすそ川公園」に建っています。
最後は義経側の勝利となり、覚悟を決めた平清盛の妻・二位尼は幼い安徳天皇を連れて三種の神器と共に入水、平家滅亡になった場所です。
また、幕末の下関戦争で、外国船に砲撃した砲台跡でもあり、長州砲のレプリカが5門設置されています。
壇之浦古戦場を一望できるみもすそ川公園 | 八艘飛びの源義経像の前で |
源義経・平知盛像と関門大橋 | 幕末下関戦争の砲台跡と長州砲 |
下関の唐戸市場では回転ずしの美味しい店でマグロの赤身、本当に美味しかった、変わったこんにゃくの握りずし、誰が見てもこんにゃくに見えず、絶妙、御替りです。
市場の会長さんと親しい安部総理ご夫妻、麻生大臣も、美味しそうに食べている写真がありました。 何だかとても仲良しなんですね。
関門の台所「唐戸市場」2階見学デッキから市場を望む | 2階の回転ずし店「海転からと市場寿司」 |
新鮮で一番美味しかったマグロの赤身 | 変わったこんにゃくの握りずし |
門司港レトロは、門司港の歴史に残る外国貿易で栄えた海運会社や商社などのノスタルジックな洋館を大正レトロ調に整備した観光スポット。
門司港レトロ案内マップ | 門司港レトロ地区の街並み |
門司港レトロ展望室・旧門司税関 | 旧大阪商船、八角形の塔屋が印象的 |
八角形の塔屋と鮮やかなオレンジ色の外壁が印象的な「旧大阪商船」や、赤煉瓦が特徴的で美しい「旧門司税関」、
旧門司税関 | 資料展示室や休憩所、カフェなどがある |
旧三井倶楽部(重文) | 2階にはアインシュタイン宿泊の部屋、林芙美子資料室 |
「旧三井倶楽部(重文)」は、旅の途中でノーベル賞受賞の知らせを受けたアインシュタインご夫妻が、日本全国を講演して回り、最後はこのクラブから出国されたとか。
泊まった部屋等もそのままに展示してある。
また林芙美子資料室もあり、女流文学者として脚光を浴びながらも数奇な運命をたどり、47歳と言う若さで帰らぬ人に。 逞しい生き方ね。
国際友好記念図書館 | 門司港ホテル |
遊覧船乗り場、奥に海峡プラザ | ブルーウィングもじ、全国唯一の歩行者専用の跳ね橋 |
門司から飯塚市の近く大任町の道の駅「おおとう桜街道」に。そうそう、ここには一億円のトイレがありました。 知らないで入ったら素晴らしいトイレ、スケルトンの自動演奏ピアノ、焼き物の壁板、驚きです。
何と外の看板を見ればそのように書いてありましたが本当に必要?? 卑しいけど、このトイレ等があるなら、ここに住みたいわ。
「1億円トイレ」の案内板 | トイレ前のグランドピアノ |
陶板画、入口、男性、女性 | おおとう桜街道さくら温泉 |