
何故??オランダでは勿論オランダ語、当たり前ですが、彼女は 「ナインチェ」 と呼ばれているうさ子ちゃんなのです。

日本でも有名なデザイナーさん達が、15体のミッフィーに思い思いの洋服を着せ、子供たちの夢を膨らませていた。
長女は私も着た^^^^いと、メルヘンチックなワンピース、サイズを探していたが 12まで、つまり5,6歳までかしら。
洋服等売り切れ、入荷も無し、トテモ人気の催しでした。




何処でも子供歓迎ですが、何と!!元お姉さま方の入場が多く驚きました。
いわゆるおばあ様がた、いやいや可愛いです、決して浮いてなく決まっていました。

ほがらかおばさんもその内の一人です。
後は銀ブラ、5か月ぶりです。
でもだんだんと店や街もも変わり、何だか銀座の裏通りまで変わりつつありますねえ、 5,60年頃前の銀座が懐かしい。
銀座4丁目は日本でも一番の素敵な場所、大きな通りと思っていましたが、今は人通りが少ない、
外国人が日本人より多い感じ、それにニュースでも見るような光景、本当にありました。


中国人の両手に抱えきれないほどのブランド店の高そうな紙の袋、 銀座通りで荷物の番をしている男性達と、その人達のために駐車している外車。
店舗から出てくる女性の華やかさ、メイクやヘヤ―スタイル、何処かのファッション雑誌から抜け出たような、今時日本人に無いような豪華な衣服、あ^^^あ、どうなってるの??
でも話し方は、まくしたて、きっとべらんめえ口調、穏やかに話す雰囲気ではありません、品は良くないですねえ、でもね独断と偏見ですから間違えていたらごめんなさい。

つかつかと割り込み、中国語でまくしたてられ、何を言っているのか解らなかったが、
私が説明を受けている腕時計型iPhoneが欲しかったのでしょう、
特に急ぐ訳でもなかったので、順番をその叔母様に譲りました、どうも中国語の解る店員さんにバトンタッチ。
常識も作法も無いことが、銀座でも起こっていることに驚きました。
北京空港の、トイレで順番待ちで経験した時には、私も負けずにやり返したが、やれやれここまで時代は変わったわね。
甘^^^^い歌声や、色白で、緩やかなパーマをかけたヘヤ―スタイルが人気のあった甘^^いマスクの神戸一郎さん(昔の歌手)の歌で ♪ 銀座九丁目は水の上 ♪ってご存知でしょうか?? 確かに川があり、両端には柳の木がありました。
あの頃の風景を懐かしみ、思い出の場所に立ってみましたが、大量の排気ガスと車両に一瞬に消え去りました。
改めて読み返してみると、意外にもミッフィーちゃんには係累が大勢いるのですねー。
ついこの前まで幼いと思っていた子供達が大人になったはず、時が経つのはあっと言う間でミッフィーのことも忘却の彼方でした。
この連休は次女の友人達がワイワイと泊まりに来たり、狭いベランダに更に鉢を増やしたり、カテドラルウィンドウを作ったりと、忙しなくただ時が過ぎてしまいました。
結局どこにも行かず、家の回りをウロウロしただけ。
ほがらかさんの様にあっちこっちへ身軽に出掛けなければ、またあっと言う間に腰の曲がったおばぁさんになっちゃいますね。
お久しぶりです。
ミッフィーは生まれて60年ですからちょうど陽海さんぐらいの年齢になるので、たくさんの累計が出来ますねえ。
もともと絵本ですから字が少ないのは仕方ありませんわ・
でも絵はかわいいですよねえ。
我が家にもついこの間までありましたが、今は孫娘にバトンタッチ。
逢うとまず、ぎゅーって抱き寄せるのが常ですが最近は驚いたことに私を追い抜く程に身長も伸び
間もなく私が抱っこされそうです。
平日の静かな日々が戻りましたら、お仲間さん共々「ズーラシア」で、ピクニック気分を味わいましょう。