小田原城の城郭は歩いてしっかりお勉強??してきました。
広大とは言えぬ敷地ですが城そのものの役目は甚大で昔の長は凄いですねえ、先見の明もあるのでしょうか?
前回天守閣はじっくり孫娘の社会科勉強を兼ねて重たい体でへとへと、フーフー言いながら登り切りました、
小田原城 | 城内マップ |
住吉橋 | 二の丸の正門「銅門」 |
今日は城壁の散策です。
小田原城築城は15世紀半ば、大森氏が築いた城を前身とし、北条早雲に始まる小田原北条氏の本拠地となって以来、関東支配の拠点となって整備され、豊臣秀吉との小田原城合戦を前に周囲9kmにおよぶ総溝を構築し、日本最大級の城郭となりました。BSテレビでその遺跡の時代考証をしているところでした。
埋蔵されている歴史的物品ががたくさんあり、今でも策がして中に入れないようになっているそうです。
銅門特別公開 | 銅門(あかがねもん)内部 |
小田原評定に参加 | 銅門から二の丸を見る |
戦に明け暮れた戦国時代の説明は省きま^^^す。 きっと皆様のほうが良くご存じだと思います。
明治になってからの小田原城は、明治三年廃城になり、売却され、解体されたそうです。
勿体ないわねえ。
でも大正12年関東大震災を機に小田原市に払い下げられたそうです。
現在は国指定史跡に指定され、史跡整備が進められています。
銅門広場から本丸へ | 本丸の正門「常盤木門」 |
本丸広場 | 天守閣 |
しっかりと城壁から小田原市内を眺め、タイムスリップして耳をかざしてみました。 が、聞こえるわけないけどいにしえに戻った気分。
早朝ウオーキングも済ませたのですでに一万歩は歩き、少々我がおみ足はお疲れモード。
さて、一夜城はナビに住所を入れたけど通った事のない道を誘導してくれるじゃない?? こんな道知らないわなんて言ったところ、すかさずほがらかおじさん、「 だって行ったでしょう?」
そりゃ行きましたがこんな寂しい人気のない道、全く建物や家の無い道は恐くて通れません。何か野生の動物が出てきそうで怖かった。
途中行き止りで道が無い、Uターンしてきた道を戻っているとどうも曲がる道を間違えたらしいが、昼でも通りたくない暗くて寂しい、私一人なら絶対に通りません。
何とか行きつきホッとしましたが本来の道より離れている山登りして下りたようです。
一夜城ヨロイヅカファーム | ヨロイヅカファーム案内図 |
本館とオープンテラス | ソフトクリーム |
早速一夜城ふぁーむ、マルシェ、パテシエとして国内でも超有名な鎧塚さんのお店です、奥様の女優川島なお美さん亡きあとは丘の上にコスモスや、セージ、季節の花、果物が綺麗に管理されています。
長蛇の列、一通り列が終わるとまたできる、美味しいケーキとレストランの食事、コーヒー等で楽しんでいらっしゃいます。
お店の入口では鎧塚さんがお待ちになってお客様を誘導されていました。
慰愛碑 | 相模湾と小田原市街 |
お花畑 | コスモス |
解放的な庭もテーブルは一杯で座る場所すらありません、ソフトクリームを片手に空いた椅子にやっと座りソフトクリームを食べ始めるとご当主の鎧塚さんと数分間お話が出来、一緒にパチリ。
とっても笑顔の素敵な、そして礼儀正しい方でさすがと思いました。
腰が低く、ケーキその他の価格についても全般的に私達の手に届く庶民的なお値段、これも嬉しくなりました。
ソフトクリームは最近の中では一押しでした、お味はコーヒーミルクの様な、カプチーナの様な繊細で、ソフトクリームはコーンの下まで隙間なく入っており、満足感いっぱいです。
本当の一夜城跡地は、その隣なのですが石垣だけが積んであり、苔むしているので滑ります。
登って行かなくては散策できません、同じ歩幅では歩けませんので是非気を付けて下さいね、万が一滑らせて脱臼??なんて事にもなりかねません。
散策はほがらかおじさんにお願いし、私はもっぱらファームの丘の上のお花畑の散策です。
展望は最高です、小田原市が眼下一杯無限に広がり地球は丸いを実感です。
空、海、丘の上、昔懐かしいアグネス・チャンの懐かしい曲をつい口ずさんでいました。
♪♪ おっかの上 ひなげしの花で^〜♪♪
道路を挟んで、駐車場の反対側にある一夜城、関東は石が少なく土の城が多いため、関東で初めて総石垣で築城された城として有名で正式名称を石垣山城といいます。
石垣山一夜城登城口 | 一夜城歴史公園マップ |
豊臣秀吉が小田原城からは見えないように築城し、小田原合戦では、北条氏の降伏を促すために、周囲の樹木を切り払い一夜で築城したかのように見せたという伝説が有名です。
南曲輪の石垣 | 南曲輪・本丸への登り坂 |
南曲輪 | 本丸(本城曲輪)の石垣 |
本丸物見台からは、小田原城下、大磯丘陵、丹沢連峰、さらには相模湾から三浦、房総半島に至るまで一望できるそうです。
本丸物見台 | 物見台より小田原城を見る |
本丸物見台から二の丸へ | 二の丸(馬屋曲輪) |
谷地の周囲に石垣を積み上げて造られた井戸曲輪。
秀吉は、大名たちに妻を呼ぶことを許し、自らも淀殿を石垣山城に呼び寄せたといいます。
底には井戸が掘られ、淀殿が化粧に使ったということから「淀殿化粧井戸」とも呼ばれています。
井戸曲輪への降り道 | 井戸曲輪の石垣 |
井戸曲輪全景 |
石積みは近江の穴太衆(あのうしゅう)による野面積み(のづらづみ)といい、長期戦に備えた本格的な総構えであったといわれ、
度重なる大地震にも耐え、今日まで当時の面影が大変よく残されています。
二の丸の先端にある展望台 | 展望台より小田原城を見る |
二の丸(馬屋曲輪)石垣 | ヨロイヅカファームへ |
小田原城址公園、石垣山一夜城歴史公園、歴史スポットとグルメスポット掛け持ちのプチ観光でした。