昭和大学病院からの紹介状が届き、8月2日に横浜市立大学病院へ初診を依頼する。
問診票に必要なことを書き込んで、紹介状と共に受付に渡し、間もなく呼ばれて診察室へ。
横浜市大病院の初診診察の医師は、あまり話すことも無く
「ほがらかさんの場合は、確実に今まで診てもらっていた昭和大学病院で、継続して治療することが、あなたのためなので、
もう一度、私が書く手紙をもって、昭和大の主治医の先生を訪ね下さい」との事。
驚きましたが、悲しんでばかりもいられません、横浜市大病院にも色々制約があり、今すぐ必要としない病気では、引き受けられないのかもしれないなーと思い、
昨日、昭和大の主治医の先生に予約を取り、逆戻りです、
ほがらかおじさん、長女、私と3人そろって先生を訪ねる。
先生は手紙を読まれた後は 「こんなケースも多々ある事ですから、落ち込まないように」 と慰めて下さったのですがねえ、
結論は、急を要しない場合、また手に負えない病い以外は、横浜市大病院では引き受けられないとの事です。
今までの昭和大の治療で充分では無いかとの見解でした。
元に戻り、この治療の経過観察、治療の計画を、再度作成してくださり、生涯ここで大腸がんと向き合うことに決めました。
10月15日のMRI検査から再開です。
モヤモヤとしていた気持ちも捨て去り、もうすっきりとしました。
残された命も、とても惜しいですが生き抜かねば・・・
これからが正念場です、がんばらなくっちゃ!!
2024年08月07日Wed
08/07 病院の転院
posted by ほがらかさん at 19:24
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| 大腸内視鏡
2024年07月30日Tue
07/30 大学病院での診察日7月1日と7月27日
退院後初めての診察日は7月1日月曜日にありました。
ほがらかおじさん、長女、私とで「もう大丈夫ですよ」って言われる言葉を期待して、ルンルン笑顔で診察室に入ったまでは良かったのですが・・・
驚くなかれ、再手術をするかしないかの瀬戸際に立たされてしまった。
つまり、今の段階では癌の素を内視鏡で取り切れたが、かなり深いところまで癌は浸透していたので、残っていたとしてもわずか0.9位かだろうとも見解。
このままほっておくことも手段、または外科的手術で人工肛門にするか?そのためには3か月以内にしなくては何のメットもない。
人工肛門にすれば、この先問題なく大腸がんに関しては生涯心配ない。
数か月で人工肛門を直腸につなげて元に戻す方法は不可能に近いらしい。
腸の長さにもより、腸をつなげるためには、早く言えば、”のりしろ”が必要なので、二度の手術では8センチ、またその為には色んな傷害があるかもしれない。
大好きな温泉巡りもまずは無理、周りを気を使ったり、まず毎日の手入れが大変、
これは40年前の義父の人工肛門で多少のお世話をしていたのでとても理解できます。
周りでお世話するよりも、本人の苦悩は如何ばかりだったか?
幸いだったのは温泉旅館だったので、大きなお風呂で好きなだけ入ることが出来ましたが、今は考えるだけでも辛い。
さて、私の年齢からすると、大腸がんは5,6年は大丈夫でしょうとのことですが絶対とは言われなかった。
癌がどこに転移するかの問題ですよねえ、年齢とともに癌細胞は遅く発達するらしい。
悶々としているがとにかく9月まで猶予があるのでじっくりとメリット、デメリットを考えよう、
少なくとも今の段階では太く逞しく、このままで生きたいとも願っている。一度の人生ですものねえ。
意外と自分の主張は無く、付和雷同型人間、右向け^^右タイプです。
残して次の世代に送りたいもの、処分する物、綺麗に後始末はしたいなーと
数年以内にまとめたいなと思ったりもしている。
それで残った日々は、豊かにのんびりとほがらかおじさんとの時間を有効に過ごしたい。
車中泊で全国隈なく巡り、二人での残す車旅では北海道と沖縄、すでに友人との旅行では3回は行っているけど車では経験無し、急がしいわねえ。
世界各国信じられない位旅をし忙しく出たり入ったり、友人に会いに行きたい国もまだまだあるけど今の所満足かしら。
第二の人生が始まったアメリカにはまだまだ行きたい。
宣告を受けてから少し考え方が変わり、今迄は忙しく動き過ぎたように思う、のんびりと時間が掛かってもいいではないか??
何でもパッパッと済ませ、時間い追われるように過ごしたようにも思います。
これからはじっくり落ち着いて何事にも向かってみようと思う考えもしている。
とにかく人工肛門は考えないよう決めた。
----------------------------------------------------------------------------
さて、7月27日は先生の話を聞くことだけで精いっぱいだった主治医の先生との話し合いでは、
「迷うことなく手術はしないことに決めました」と申し上げ、今までの手術経過や今後の話し合いになりました。
横浜大市立大学病院が自宅から近いし、20年以上も診てもらっている事、両足人工股関節手術、腰椎などですべて見てもらっているので
今後は市立大学病院で治療を受けたい」旨をお願いしました。
先生は気持ち良く私の気持ちを受け止めて下さり、今後主治医の先生が治療をされようとしている計画をすべて市大にスイッチして下さるそうです。
信じられないほど色々と話して下さり、自分の病気としっかり向き合うことができました。
いずれは抗がん剤を利用するようになるかも知れないが、今の所その心配は無く、「ステージ1」本当に安心致しました。
10月から始まるであろう今後の治療を、逐次お知らせできればと思います。
何か緊急の事があったとしても柔軟に対処しよう。
人生のモットー 「ケ、セ、ラ,セ、ラ」なるようになるで生きましょう
ほがらかおじさん、長女、私とで「もう大丈夫ですよ」って言われる言葉を期待して、ルンルン笑顔で診察室に入ったまでは良かったのですが・・・
驚くなかれ、再手術をするかしないかの瀬戸際に立たされてしまった。
つまり、今の段階では癌の素を内視鏡で取り切れたが、かなり深いところまで癌は浸透していたので、残っていたとしてもわずか0.9位かだろうとも見解。
このままほっておくことも手段、または外科的手術で人工肛門にするか?そのためには3か月以内にしなくては何のメットもない。
人工肛門にすれば、この先問題なく大腸がんに関しては生涯心配ない。
数か月で人工肛門を直腸につなげて元に戻す方法は不可能に近いらしい。
腸の長さにもより、腸をつなげるためには、早く言えば、”のりしろ”が必要なので、二度の手術では8センチ、またその為には色んな傷害があるかもしれない。
大好きな温泉巡りもまずは無理、周りを気を使ったり、まず毎日の手入れが大変、
これは40年前の義父の人工肛門で多少のお世話をしていたのでとても理解できます。
周りでお世話するよりも、本人の苦悩は如何ばかりだったか?
幸いだったのは温泉旅館だったので、大きなお風呂で好きなだけ入ることが出来ましたが、今は考えるだけでも辛い。
さて、私の年齢からすると、大腸がんは5,6年は大丈夫でしょうとのことですが絶対とは言われなかった。
癌がどこに転移するかの問題ですよねえ、年齢とともに癌細胞は遅く発達するらしい。
悶々としているがとにかく9月まで猶予があるのでじっくりとメリット、デメリットを考えよう、
少なくとも今の段階では太く逞しく、このままで生きたいとも願っている。一度の人生ですものねえ。
意外と自分の主張は無く、付和雷同型人間、右向け^^右タイプです。
残して次の世代に送りたいもの、処分する物、綺麗に後始末はしたいなーと
数年以内にまとめたいなと思ったりもしている。
それで残った日々は、豊かにのんびりとほがらかおじさんとの時間を有効に過ごしたい。
車中泊で全国隈なく巡り、二人での残す車旅では北海道と沖縄、すでに友人との旅行では3回は行っているけど車では経験無し、急がしいわねえ。
世界各国信じられない位旅をし忙しく出たり入ったり、友人に会いに行きたい国もまだまだあるけど今の所満足かしら。
第二の人生が始まったアメリカにはまだまだ行きたい。
宣告を受けてから少し考え方が変わり、今迄は忙しく動き過ぎたように思う、のんびりと時間が掛かってもいいではないか??
何でもパッパッと済ませ、時間い追われるように過ごしたようにも思います。
これからはじっくり落ち着いて何事にも向かってみようと思う考えもしている。
とにかく人工肛門は考えないよう決めた。
----------------------------------------------------------------------------
さて、7月27日は先生の話を聞くことだけで精いっぱいだった主治医の先生との話し合いでは、
「迷うことなく手術はしないことに決めました」と申し上げ、今までの手術経過や今後の話し合いになりました。
横浜大市立大学病院が自宅から近いし、20年以上も診てもらっている事、両足人工股関節手術、腰椎などですべて見てもらっているので
今後は市立大学病院で治療を受けたい」旨をお願いしました。
先生は気持ち良く私の気持ちを受け止めて下さり、今後主治医の先生が治療をされようとしている計画をすべて市大にスイッチして下さるそうです。
信じられないほど色々と話して下さり、自分の病気としっかり向き合うことができました。
いずれは抗がん剤を利用するようになるかも知れないが、今の所その心配は無く、「ステージ1」本当に安心致しました。
10月から始まるであろう今後の治療を、逐次お知らせできればと思います。
何か緊急の事があったとしても柔軟に対処しよう。
人生のモットー 「ケ、セ、ラ,セ、ラ」なるようになるで生きましょう
posted by ほがらかさん at 16:07
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| 大腸内視鏡
2024年06月20日Thu
06/20 手術後15日目
随分日が立ったと思ったけど、まだ15日なのねえ。
傷はまだまだ癒えぬようで、痛いを連発。
痛さも4時間は空けて服用するように指示されているロキソニンと胃薬、
すっかり無くなり、今日は肛門クリニックに。
採血3本、患部消毒等、色々検査の結果、次回は7月18日、専門家の医師に依る「内痔核に伴うALTA療法」での短時間手術だそうです。
取り合えず予約をして、7月1日の大腸がん手術の経過を主治医の先生から聞いてから、本格的に準備をするとの事です。
ほがらかさんは先生に 「お願いですから、この大腸がんの痛みが取れてからにして欲しい」って、ちょっと怒り心頭でした。
でも体内改造で、元気、健康、完治して頂かなくてはならないものねえ。
我慢、我慢です。
久しぶりに固形物食品、おうどんを作ったが、つるつる!っと、飲み込むことが出来ずに、もぐもぐ食べる状態は、情けないわ。
つまり食べたい意識にはならないのね。
そろそろ、元気印のほがらかさんを取り戻さなくっちゃ、そんなに先は長くないものねえ。
傷はまだまだ癒えぬようで、痛いを連発。
痛さも4時間は空けて服用するように指示されているロキソニンと胃薬、
すっかり無くなり、今日は肛門クリニックに。
採血3本、患部消毒等、色々検査の結果、次回は7月18日、専門家の医師に依る「内痔核に伴うALTA療法」での短時間手術だそうです。
取り合えず予約をして、7月1日の大腸がん手術の経過を主治医の先生から聞いてから、本格的に準備をするとの事です。
ほがらかさんは先生に 「お願いですから、この大腸がんの痛みが取れてからにして欲しい」って、ちょっと怒り心頭でした。
でも体内改造で、元気、健康、完治して頂かなくてはならないものねえ。
我慢、我慢です。
久しぶりに固形物食品、おうどんを作ったが、つるつる!っと、飲み込むことが出来ずに、もぐもぐ食べる状態は、情けないわ。
つまり食べたい意識にはならないのね。
そろそろ、元気印のほがらかさんを取り戻さなくっちゃ、そんなに先は長くないものねえ。
posted by ほがらかさん at 21:01
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| 大腸内視鏡
2024年06月13日Thu
06/13 無事生還、退院致しました。
先週末、無事退院致しました。
しかし予後は自宅でと言われ、大学病院ですべての処理は出来ているので、後は少しずつ良くなるでしょう。
確かに日々は過ぎているのよねえ、自宅に帰り、
裏庭には真っ白い帽子のようなアジサイが満開でした、
入院する前は、蕾さえついていなかったのにね。
片方しか使えない腕には重たい点滴棒、痛み止めも入っているので重たいです、
でも感心したことは、痛み止めの点滴が終わると、
オートマテイカリに普段の点滴が流れ出す、素晴らしいわねえ、
だって点滴が終わりましたって、連絡さえ必要ないものねえ。
痛み止めは麻酔と同じで、頭は少し朦朧としますが、痛みには代えられません。
さて、聞いていた痛さは、先生の感覚では歯の治療と同じぐらいだからね!!って。
でも痛いのなんのって、内視鏡手術は半身麻酔なので先生とのやり取り、または先生方との話は全て聞こえます。
先生も途中で疲れたのでしょう、は^^とか、ふ^^と何度もため息で、助手の先生との会話や、手術器具の音も全部聞こえます。
朝10時に手術室に入り、自分のベッドに戻ったのは夕方4時過ぎごろ、
長い手術とは言われていましたが本当に疲れました。
直腸の近くで、大きさは1cm位らしく、外科的手術をすると確実に人工肛門と言われ、
先生方は、いかにしてそれを回避するかご検討下さり、内視鏡で取ることになったそうです。
それに、術後は肛門切開されているので、肛門には全神経の集中する括約筋があり、余りの痛さに、体が我慢をしても震えてきます。
そんなに足を動かすと切りずらい、何の役にも立たないよ、って怒られ、
ずっとついて下さっている看護婦さんだけが、大丈夫?大丈夫と、体を静かにさすって下さるのが、本当に嬉しく、
痛さが遠のく感じで恥ずかしいけど泣きましたわ。
天国に近い年齢でも涙は出るものです。
肛門クリニックの診察を受けながら、今月いっぱいは養生しましょう。
5日間絶食、点滴が一日二リットル、6日目朝食におもゆ、米粒は数粒??
食欲は無かったですねえ、
350カロリーの食事はこんなものねえと思いながら、
普段食べている毎食のカロリーの多さを実感しました。
改めて食事の適量を考える事が出来ました。
皆様から温かい励ましのお言葉を頂き、本当にありがとうございました。
全快したら「♪お祝い会♪」を開いて下さるとか・・・・楽しみです。
しかし予後は自宅でと言われ、大学病院ですべての処理は出来ているので、後は少しずつ良くなるでしょう。
確かに日々は過ぎているのよねえ、自宅に帰り、
裏庭には真っ白い帽子のようなアジサイが満開でした、
入院する前は、蕾さえついていなかったのにね。
片方しか使えない腕には重たい点滴棒、痛み止めも入っているので重たいです、
でも感心したことは、痛み止めの点滴が終わると、
オートマテイカリに普段の点滴が流れ出す、素晴らしいわねえ、
だって点滴が終わりましたって、連絡さえ必要ないものねえ。
痛み止めは麻酔と同じで、頭は少し朦朧としますが、痛みには代えられません。
さて、聞いていた痛さは、先生の感覚では歯の治療と同じぐらいだからね!!って。
でも痛いのなんのって、内視鏡手術は半身麻酔なので先生とのやり取り、または先生方との話は全て聞こえます。
先生も途中で疲れたのでしょう、は^^とか、ふ^^と何度もため息で、助手の先生との会話や、手術器具の音も全部聞こえます。
朝10時に手術室に入り、自分のベッドに戻ったのは夕方4時過ぎごろ、
長い手術とは言われていましたが本当に疲れました。
直腸の近くで、大きさは1cm位らしく、外科的手術をすると確実に人工肛門と言われ、
先生方は、いかにしてそれを回避するかご検討下さり、内視鏡で取ることになったそうです。
それに、術後は肛門切開されているので、肛門には全神経の集中する括約筋があり、余りの痛さに、体が我慢をしても震えてきます。
そんなに足を動かすと切りずらい、何の役にも立たないよ、って怒られ、
ずっとついて下さっている看護婦さんだけが、大丈夫?大丈夫と、体を静かにさすって下さるのが、本当に嬉しく、
痛さが遠のく感じで恥ずかしいけど泣きましたわ。
天国に近い年齢でも涙は出るものです。
肛門クリニックの診察を受けながら、今月いっぱいは養生しましょう。
5日間絶食、点滴が一日二リットル、6日目朝食におもゆ、米粒は数粒??
食欲は無かったですねえ、
350カロリーの食事はこんなものねえと思いながら、
普段食べている毎食のカロリーの多さを実感しました。
改めて食事の適量を考える事が出来ました。
皆様から温かい励ましのお言葉を頂き、本当にありがとうございました。
全快したら「♪お祝い会♪」を開いて下さるとか・・・・楽しみです。
posted by ほがらかさん at 16:24
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| 大腸内視鏡
2024年06月05日Wed
06/05 入院手術
忙しかった2週間を終えて、昨日からのんびりと何もしないで過ごせる素敵な場所??つまり病室で手術を待っています。
数十年間の人間ドックは、1年も欠かさず受けていましたが、なんとこの年齢で、直腸腫瘍が見つかり、内視鏡手術です。
しかし諸先生のお力で、あっという間に手術日が決まり安心しております。
裏庭の草取り・木々の剪定も終わり、玄関周りやシンボル的ツリーのそこそこの大木の枝を落とし、
ほっとしてつかの間ですが、のんびり1週間をこちらで過ごすことになっています。
お仲間の皆様の温かいお言葉をいただいて頑張れる感じがします。
ではまた無事にここを出た頃にブログをアップしましょう
数十年間の人間ドックは、1年も欠かさず受けていましたが、なんとこの年齢で、直腸腫瘍が見つかり、内視鏡手術です。
しかし諸先生のお力で、あっという間に手術日が決まり安心しております。
裏庭の草取り・木々の剪定も終わり、玄関周りやシンボル的ツリーのそこそこの大木の枝を落とし、
ほっとしてつかの間ですが、のんびり1週間をこちらで過ごすことになっています。
お仲間の皆様の温かいお言葉をいただいて頑張れる感じがします。
ではまた無事にここを出た頃にブログをアップしましょう
posted by ほがらかさん at 09:44
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| 大腸内視鏡
2024年04月22日Mon
04/22 健康診断の結果〜大腸検査
楽しかったお仲間さん達とのピクニック?
ズーラシアハイキングから一週間、気になるほどの忙しさは感じないけど、時間は本当に早い。
ほがらかおじさんと交代で行く病院通い、これって結構時間が掛かるのよねえ。
17日には17年ぶりに受けた大腸精密検査、大腸に入る内視鏡が本当に痛い。
お仲間さんの一人は全身麻酔をして受けるらしく、気が付いた時には終わっているのよですって。
次回にはそのようにしたいけど、通っている病院は全身麻酔での内視鏡検査は無いとか。
17年前には、約2か月間の入院ですっかり体を治してもらい、また直腸がんの出来立てほやほやを見つけて、焼きとって下さりそれ以来です。
その先生もまだ勤務していらっしゃるので安心しています。
検査結果は30日、何事も無きよう祈っている。
悶々としている中でも毎日の大谷翔平君の活躍、早朝でも苦にならなくて楽しみの一つ。
どんどん活躍してね、本当に楽しみです。
翔平君、真美子ちゃんにエールを送っています。
ズーラシアハイキングから一週間、気になるほどの忙しさは感じないけど、時間は本当に早い。
ほがらかおじさんと交代で行く病院通い、これって結構時間が掛かるのよねえ。
17日には17年ぶりに受けた大腸精密検査、大腸に入る内視鏡が本当に痛い。
お仲間さんの一人は全身麻酔をして受けるらしく、気が付いた時には終わっているのよですって。
次回にはそのようにしたいけど、通っている病院は全身麻酔での内視鏡検査は無いとか。
17年前には、約2か月間の入院ですっかり体を治してもらい、また直腸がんの出来立てほやほやを見つけて、焼きとって下さりそれ以来です。
その先生もまだ勤務していらっしゃるので安心しています。
検査結果は30日、何事も無きよう祈っている。
悶々としている中でも毎日の大谷翔平君の活躍、早朝でも苦にならなくて楽しみの一つ。
どんどん活躍してね、本当に楽しみです。
翔平君、真美子ちゃんにエールを送っています。
posted by ほがらかさん at 20:00
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